鮮烈なデビューを飾った小椋 藍のスライドコントロール【熱狂バイククロニクル】

【松屋正蔵】
1961年・神奈川生まれ。1980年に『釣りキチ三平』の作者・矢口高雄先生の矢口プロに入社。1989年にチーフアシスタントを務めた後退社、独立。バイク雑誌、ロードレース専門誌、F1専門誌を中心に活動。現在、Xアカウントの@MATSUYA58102306にてオリジナルイラストなどを受注する。

小椋藍選手のMotoGPクラスでのレースを見ていると、これまでの日本人ライダーとは違う雰囲気を感じます。なぜなら、最高峰クラスを制する可能性が見えるからです。

小椋藍選手は昨年、青山博一さん以来15年振りの日本人世界チャンピオンとなりました。小椋選手にはそれ以前に2度、世界チャンピオンになる可能性があったシーズンがありました。それは’20年のモト3クラスと、’22年のモト2クラスです。つまり昨年は三度目の正直と言う事だったのですね。久々の日本人ライダーの世界チャンピオン獲得でしたから、僕のような還暦を過ぎたおじさん達を本気で興奮させ、驚かせ、大喜びさせてもらいました。

今シーズンはモト2クラスチャンピオンの称号を引っ提げて、とうとうMotoGPクラスへと昇格しました。マシンはホンダではなくアプリリアで、トラックハウスレーシングチームからのフル参戦です。

開幕戦タイGPでは、なんとスプリントレース4位、決勝レース5位と、世界中のレースファンの度肝を抜く成績を残しました。第6戦フランスGP終了時点でもランキング10位と、トップ10を継続しています。

着実に世界GPキャリア積んできた小椋藍選手

そんな小椋選手の戦歴は僕たち世代からすると、これまでの日本人ライダーとは違って見えました(現在ではよく見る傾向ですが)。なぜなら、彼は全日本選手権を走っていないのです。’17年から日本を離れ、アジアタレントカップを中心に、スペインで開催されているレッドブルルーキーズカップに参戦。モト3クラスで実戦経験を積み重ねていきました。

世界選手権のモト3クラスに参戦したのは’18年からでした。’21年までホンダチームアジアで実績を積み重ねています。前述の通り’20年にはチャンピオンの可能性もありました。この辺りから小椋選手の速さ、強さが輝き出したのです。

’22年からはホンダチームアジアから、モト2クラスにステップアップしています。この年に最終戦までもつれ込むチャンピオン争いを繰り広げました。残念ながら手が届きませんでしたが、この経験が’24年の世界チャンピオンへの足掛かりとなり、見事にチャンピオンの座を手にしたのです。この経験は今後、大きな糧となる事でしょう。

小椋選手は、コーナー進入時でのドリフトが速さに繋がっています。リアを自在に振り出せますから、マシンの向きがグイグイ変わります。結果、加速態勢に早く移れますから、後はリアタイヤのグリップに合わせて、マシンを起こしながら強い加速に繋げているのです。ちなみに小椋選手は自身で、あまり深いバンク角を使う方ではないと話しています。

コーナリング中は外足は開かず、綺麗にマシンに沿っていて、アウト側ステップには体重を乗せて踏み込む感じはありません。イン側ステップにはつま先を置いています。一見リア乗りですが上半身が大きくインに入るので、積極的にフロントに荷重もしています。コーナー進入のドリフトでは頭の位置が高く、センター寄りです。フルバンク時のマシンが安定する場面でもリア荷重しながら、大きく上半身をインに入れています。場面の変化に合わせて荷重の掛け方を変えているのでしょう。

タイヤが滑っている時には、頭の位置はセンターに戻そうとしています。イン側の肘は路面にタッチしている場面もあるのですが、頭はマシンに近付けているのです。小椋選手独特の乗り方で、器用なライダーなのだと思います。

もう一つの特徴は、両肘を張っていることです。コーナリングの切り返し時には両肘が開き、イン側の肘が身体を先導するように動いています。そしてマシンを切り返して素早い向き変えができているのだと思います。ハンドルが開いているためか、コーナリング中のイン側の手首の向きがキツそうに曲がっています。イン側に加重したいという気持ちが伝わるライディングフォームです。一般的にタイヤの滑りをコントロールできるライダーはハンドル位置が高めで、開いていると言われています。そのために手首がきつい角度になっているようです。

コーナーによって巧みに上半身を使っている

小椋選手の場合はまだ若いですからレースキャリア部分の紹介はいつもより短いです。その代わりと言ってはなんなのですが、今回はスペシャルゲストのご意見をご紹介しようと思っています。

そのゲストは、小椋選手ととても仲の良い濱原颯道選手です。彼は現在、全日本のレギュラーライダーではありませんが、雑誌やネットニュースなどでライターとしても活躍しています。2人は子供の頃からのレース仲間です。小椋選手がMotoGPのインターバル期間に帰国した際、濱原選手や全日本ST1000に参戦している伊藤元治選手と、トレーニングをしながらバス釣りでも一緒に行動している仲間なのです。

僕は『釣りキチ三平』の作者・矢口高雄先生の弟子ですから、「釣りが好き!」と聞くと、ちょっと嬉しいのです。

そんな濱原選手に小椋選手のライディングについて聞いてみました。編集せず、そのままお伝えします。

「藍のブレーキングは『短い時間で止めてクルッと曲げて早くアクセルを開ける』っていう、サーキットを速く走る上で当たり前の事をやってるので、これだけ聞くと『その辺の人と同じじゃん』って思う方もいるかも知れませんが、その『何もしない時間が嫌でクルッと曲げるポイントにさっさと行きたいから、結果的にブレーキングが深い』んじゃないかなと思ってます。

あと僕が個人的に思うのは、ブレーキング時に足を出す方向が特殊だなと思ってます。僕は出すとしたら前か真横に足を出しますが、藍は後ろに出してる感じで、リアタイヤに荷重を置いてくるように出してる気がします。違ったらごめんね藍(笑)。

スライド量は車種によって色々使い分けてますね。手足のように扱えるバイクであれば、進入時にカウンターが当たって、戻る時に若干おつりをあえて喰らわせて、もう一度外側にリアタイヤが出ようとする、おつりの2発目の瞬間に一気にリアタイヤに荷重を移して向きを変えてると思ってます。ブレーキが得意と言われてますが、どちらかと言うと『フロントにあった荷重をいつでもリアに移せる』のが得意なんだと思います」

ということでした。モタードレースでも実績がある濱原選手の洞察ですから非常に面白いですね。タイヤを滑らせる事が上手い濱原選手と小椋選手ですから、観ているだけの僕では気付けない事でも、感じているのだと思いました。

さて、僕なりにドリフトの見方をお伝えしようと思います。僕はマシンを前方から見た場合、フロントとリアのタイヤ側面(アウト側)の面積の違いを見ます。タイヤ側面の楕円の面積の違いで、リアタイヤが滑っているのか、グリップしているのかを見分けているのです。

フロントタイヤ側面の面積がリアよりも狭いか、側面が見えない場合は、リアが滑りフロントにカウンターが当たっている瞬間となります。

僕がTVを通じてライダーの走りを考察する場合は、いつも減速シーンでのフロントタイヤとリアタイヤの側面(アウト側)の向きをチェックしているのです。カウンターを当てても失速させないドリフトができているかどうかが大切だと思っています。

最後に、僕が今後希望するのは、小椋選手の走りを理解し、それを再現できるメカニックの存在です。昔から名ライダーには名メカニックの存在がありました。ライダーの走りを理解し、走りやすいマシンを再現できる、彼専門の名メカニックが必要だと思っています。小椋選手の場合、’24年に世界チャンピオンになった際のノーマン・ランクさんを契約の際の条件に入れるとか、自腹を切ってでもノーマンさんを雇っても良いと思うのです。そして是非、最高峰クラスでの世界チャンピオンになって欲しいと、心から願っています。応援しています。

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