タイのバイク事情|バンコクで暮らすライダーのリアル

タイ・バンコクは、東南アジア屈指の活気に満ちた都市でありながら、深刻な交通渋滞という課題も抱えている。休日以外の朝と夕方はほとんど車が動かず、市内を移動するのが困難になる。こうした環境下で、多くの住民にとって最も信頼できる移動手段となっているのが「バイク」だ。スクーターを中心に圧倒的な存在感を誇っており、生活インフラの一部と言っても過言ではない。今回は、バンコクで日常的にバイクを使って移動している日本人・川又幸司さんに、現地のリアルなバイク事情を聞いた。

今回お話を聞いた方

川又幸司(Koji Kawamata)さん
タイ・バンコクを拠点に、日本人ゴルファーとタイのゴルフ業界をつなぐ予約・情報サービスを展開する「GoGolf」の代表。2018年、転職を機にタイへ移住し、ゴルフをこよなく愛する一方で、渋滞の激しいバンコクで実用派ライダーとしてバイクも活用中

GPXとの出会いと日常使いのスタイル

川又さんは「どちらかといえば車派」だという。しかし、バンコクの渋滞事情を前にしては、車では用をなさないことが多い。日曜は比較的すいているが、月曜から土曜までは市内の大通りはどこもかしこも渋滞だらけ。目的地にたどり着くためには、バイクという選択肢は欠かせない。

現在乗っているのは、タイ国産メーカー「GPX」のスクーター。Facebookのマーケットプレイスで出品を見つけて購入した。価格は4万5,000バーツ(約20万380円)ほど。新車価格は6万5,900バーツ(約29万3,446円)。

GPX Drone
エンジン:水冷単気筒4ストローク OHC4バルブ
総排気量:149.6cc
冷却方式:水冷
タイヤサイズ:F110/80-14/R110/80-14
シート高:780mm
車両重量:140kg
燃料タンク容量:7.5L

タイでは、バイクの新車はディーラーやバイクショップで手に入る一方、中古はFacebookなどでの個人売買が可能。ヤフオクのように個人だけでなく業者も出品しており、日常的な売買が行われている。

「買ったときはちょっとテンションが上がって、パーツをいくつかカスタムした」

とはいえ、バイクはあくまで移動手段。主にミーティングや食事に行くときなど、日常の足として乗る程度だという。

カスタム箇所

信号も歩道も“目安”。360度見ながら走るタイの交通事情

バンコクでバイクに乗るには、いくつか覚悟が必要だ。まず、交通ルールはあるものの、実際にはほとんど守られていないという現状。信号無視、逆走、歩道走行、ノーヘル、3人乗り、4人乗り、5人乗り──これらが日常風景である。

「日本人の感覚で右・左確認して発進してたら事故る。周囲360度を見て、流れに合わせる運転が必要」

赤信号でも左折はOK。というより、信号をまもらない車やバイクも多い。日本のように慎重に右左を見て出発していると、逆に事故にあう危険性があるほどだ。必要なのは「360度見ながら、流れに合わせて走る」判断力と瞬発力だ。

加えて、免許を持っていない、保険に入っていないライダーも多く、事故に巻き込まれれば “損をするのは巻き込まれた側” というケースも多々ある。

雨季(5月〜10月末)には急なスコールに備え、カッパを常備。1日中降ることはなく、夕方にバーっと短時間降る日が多い。

バイクタクシーも便利で、徒歩10分程度の距離なら10〜20バーツ(約44~88円)で利用できる。Grabなどのアプリを使えば、価格も明朗で安心して呼ぶことができる。盗難の心配も少なく、駐車時に過度なロックなどは必要がない。服装もTシャツに短パンというラフさで乗るのが一般的だ。

川又さんの愛車・GPX Droneのタンク容量は7.5L。気になるガソリン代はというと、満タンでもたったの150バーツ(約667円)ほどで済むという。1リットルあたり約20バーツ(約89円)と、現在1L160円台の日本に比べてかなり割安だ。

給油時には「91(ガオヌン)」と呼ばれるレギュラーと、「95(ガオハー)」と呼ばれるハイオクの2種類が一般的。

バイクは“趣味”より“生活”。走りにはリアルがある

日本のように“趣味”としてバイクを楽しむ人は、タイではまだ少数派。多くの人にとってバイクは、生活や仕事(配達・バイクタクシー)の手段として浸透している。

「暑い国なので、ツーリングを楽しむっていうより、どうしても実用メインですね」

タイでは、バイクはあくまで“移動のための道具”という位置づけが強く、趣味としてツーリングを楽しむライダーはあまり多くないという印象がある。その背景には、やはり気候の影響が大きい。特に日中の暑さは強烈で、長時間のライディングは体力的にも厳しく、ツーリングを純粋に楽しむには過酷な環境だ。

そのため、日本のように「バイクに乗ること自体がレジャー」というスタイルよりも、「必要だから乗る」というスタンスが一般的になっている。

日本と全然ちがう!? タイの“バイク常識”まとめ

タイでバイクに乗ると、日本との“常識のちがい”に驚くことばかり。川又さんの経験から見えてきたタイのリアルな交通感覚を、いくつかのポイントに分けて紹介する。

  • 信号の意味合い
     日本:青=進め、赤=止まれ
     タイ:青=進め、赤=タイミングみて進む人もいる
  • すり抜け
     日本:NG
     タイ:もはや“車線”という概念があいまいで、すり抜けかどうかの区別すらない
  • 道交法
     日本:守る
     タイ:ルールはあるが、現場は“応用力勝負”。流れに乗れなければ逆に危ない
  • バイク乗車人数
     日本:最大2人
     タイ:3人、4人、5人…はあたりまえ
  • 駐車マナー
     日本:指定された区画に止める
     タイ:空いてる場所=駐車スペース。歩道もOK、満車ならその周囲も使う
  • ヘルメット着用
     日本:常識かつ義務
     タイ:被っていない人多数

バイクに限らず、タイには日本とはちょっと違う“日常”があふれている。信号の見方、走り方、駐車スタイルまで最初はびっくりするかもしれないが、そこには人の柔らかさとたくましさがしっかり根づいている。ルールの“ゆるさ”さえ、どこか温かくてタイらしい。

バンコクの交通は決して無秩序ではない。その場その場で成立している“生きたルール”がちゃんとある。日本の常識だけを持ち込むと危ないけれど、リズムに慣れれば不思議と心地よくなってくる。

タイを訪れたら、ぜひそうした違いにも注目してみてほしい。バイクが走るその様子からも、街の空気や人の気質、文化の懐の深さが見えてくる

ちょっとゆるくて、ちょっとワイルド。でもどこか居心地のいい不思議な魅力。ただ道を走るだけでも「タイって面白い!」と思える瞬間が、きっとあなたを待っている。

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