
ケーシー・ストーナーの速さの秘訣は?【熱狂バイククロニクル】
【松屋正蔵】
1961年・神奈川生まれ。’80 年に『釣りキチ三平』の作者・矢口高雄先生の矢口プロに入社。’89年にチーフアシスタントを務めた後退社、独立。バイク雑誌、ロードレース専門誌、F1専門誌を中心に活動。現在、Xアカウントの@MATSUYA58102306にてオリジナルイラストなどを受注する
ケーシー・ストーナーの速さの秘密は天才的なタイヤの使い方にあった
モトGPのシーズン序盤戦が終了し、見えてきたのは日本メーカーが徐々に速さを取り戻し始めているという事でした。いつの頃からか日本メーカーもヨーロッパにマシン開発の場を移したのですが、ここに来てその流れに変化が起きているように感じます。それがこの巻き返しの原因では? と思っています。
基本的には日本で開発し、ヨーロッパにマシンを届けるという手法が復調に繋がったのでしょう。そもそも日本メーカーは元来そうしてきたのですけれど。ヤマハさん、ホンダさん、この調子で頑張って下さい!
さて、今回はMotoGPチャンピオンを2度獲得しているオーストラリア人のケーシー・ストーナーさんを考察します。僕の大好きなライダーの一人です。歴代世界チャンピオンの中でも、ストーナーさんはフレディ・スペンサーさん、ケビン・シュワンツさんに並ぶ、世界の頂点の速さだと思っています。
今ほどタイヤのグリップが良くない時代から、見事にドリフト走行をこなし、誰よりも速かったライダーが、この3人だったと考えているのです。
この偉大な3人の走りを振り返ると、速さは抜群ながら派手な転倒も多く、怪我が目立っていたと思います。そして転倒の原因は、前後輪タイヤをあえて滑らせる難しい走法で走らせていたからです。フロントを切っ掛けとする転倒の他、派手なハイサイド転倒もしますから、速い代わりに大きな怪我にも繋がったのです。かなりリスキーな走らせ方だったのですね。
ストーナーさんの世界GPでのキャリアは、少し面白いです。’01年からGP125にフル参戦を開始し、’02年にはGP250にステップアップしたものの、’03〜’04年にはGP125へ逆戻り。そして’05年に再びLCRアプリリアからGP250にステップアップし、シーズン5勝をマークしてランキング2位を獲得しています。この頃からGPファンの間で、ストーナーさんの名前が聞かれるようになりました。
そして’06年、MotoGPにステップアップ。チームは前年と同じくLCRで、マシンはホンダでした。ストーナーさんはこの年、RC212Vを駆ってランキング8位となり、静かながら目立ち始めていました。

僕がストーナーさんを気にし始めたのは’05年のドイツGP、下りが始まる右コーナーでのフロントが切っ掛けとなった転倒でした。ここは立ち上がりにスピードを乗せたいコーナーなので、マシンは立て気味で通過します。それなのにフロント切っ掛けの転倒をするという事は、どれだけ進入スピードが速いんだ? と気付いたわけです。他のライダー達と違う走りをしていたのです。この転倒で「このライダー凄いな!」と思うようになったのでした。
ストーナーさんは翌’07年からドゥカティワークスに招かれました。当時のドゥカティは今のようにMotoGPを席巻してはいませんでした。ちょうど現在ヤマハ、ホンダがテストを繰り返し巻き返していますが、当時のドゥカティはまさにそんな存在感でした。しかし、ストーナーさんは移籍初年度にしてシーズン10勝! 自身初のシリーズチャンピオンに輝いたのです。そして’10年までの4シーズンをドゥカティで走りました。
’11年からは再びホンダ陣営に戻り、ワークスのレプソルチーム入りすることになりました。そしてシーズン10勝を挙げ、2度目のチャンピオンに輝いています。しかし翌’12年のフランスGPで、27歳にして突然引退を表明し、MotoGPから去っていったのです……。
以前から体調不良の話題はあり、それが直接的な原因だとは思いますが、それ以外でも精神的なつらい環境もあったのではないか? と思っていました。実にもったいないライダーがMotoGPを離れてしまったものです……。
ストーナーさんのライディングは、現在のMotoGPライダーに繋がる走り方でした。コーナリングに入ると大きくイン側に上半身を入れ、外足は綺麗にマシン側面に沿わせていましたから、リア乗りでした。ストーナーさんはアクセルワークで自在にリアタイヤを流し、マシンの向きを変えると共に強い立ち上がり加速を実現させていましたから、リアタイヤの滑りを察知するために外足のホールド感が大事だったと考えています。
背筋は頭の位置が低い事から分かるように、強めに伏せていました。リアタイヤのグリップが破綻するギリギリのところで走り続けたため、マシンの基本的な性能だけに頼る事はなく、タイヤグリップの限界を追求していたのだと思います。その証拠と言えるのが、チームやマシンが変わったシーズンにチャンピオンになっているという事実です。タイヤの限界域で走らせるので、マシンが変わっても大きな問題になる事はなかったようです。この走り方ができたライダーが、スペンサーさんやシュワンツさんだったわけです。
ここからは少し視点を変えて、画面を通じてのレースの楽しみ方について話します。前号でも触れましたが、簡略化したイラストをご用意しました。僕が各ライダーの走りを考察する場合、特に注意しているのはコーナー進入、減速区間に何をしているのか、なんです。
テレビカメラの位置は多少イン側やアウト側だったりしますが、カメラ位置がどこであっても注意して見ているポイントはフロントタイヤの向きなんです。減速時にフロントタイヤがイン側に入っているのか、アウト側を向いているのかを見分けるのです。
その見方は、タイヤ側面の楕円の形を前後輪で比べるのです。イラストにしましたが、リアタイヤ側面よりフロントタイヤ側面の楕円の方が幅が太い場合は、フロントタイヤが内向していて初期旋回を始めています。

逆にフロントの方が幅が細い場合は、まだフロントブレーキを引きずりつつ、リアタイヤをアウト側に流しドリフトをしています。ドリフトを使う走り方なのか、曲がれるスピードまでシッカリ減速し、ブレーキ入力を弱くしながら旋回に入っているのか(セルフステアが発生してフロントタイヤが内向を始めている)が、テレビ画面からでも分かるのです。
特に録画のストップモーションやコマ送りを使えば細かく確認できます。これはどちらのライディングスタイルが優れているのかということではなく、このライダーはどう走っているのかを判断しているのです。速いかどうかの判断は、レース結果が証明してくれますから。
僕らが若い頃は「パワースライド」と言って、コーナー立ち上がり時にアクセルをワイドオープンしてリアタイヤをアウト側に滑らせつつ、マシンを起こしながら鋭く立ち上がれているかどうかの判断が主でしたが、タイヤ性能が良くなった現在ではチェックするポイントが変わったと言うか、増えたのです。
そしてフロントタイヤの滑りも含め、前後輪ドリフトが派手なものですから、我々にも見えるようになったのです。現実問題としてサーキットでは思い通りのポイントで観察はできません。やはり僕も含め一般のレースファンは、テレビ画面などで見たい、知りたい瞬間を確認しなければなりません。レース観戦のご参考にして頂けたら嬉しいです。
サーキットに観戦に行く意味は、あの雰囲気を味わう事にあると思います。耳をつんざく強烈な排気音、眼前を通過する際のとんでもないスピードを実感する事が、臨場感を持ってレースの凄さを体感できるのです。サーキットの場内放送も気分を盛り上げてくれます。
まだ最高峰クラスがGP500だった頃は、2ストエンジンが放つオイルが焼ける匂いがサーキット中に漂っていました。その匂いは鼻を突き、目に染みて涙も出るのですが(身体に悪い……)、その感じが「サーキットに来たぞ!」と実感でき、興奮する瞬間だったのです。
年に1回のMotoGPはもちろん、全日本ロードレースにも行ってみる事をお勧めします。

