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不完全な私達だから2ストロークが好き【懐かしいオフロードバイクカタログ|80年代2ストトレールマシン】

80年代4ストトレールをやったから、じゃあ次は2ストで、という安易な発想。できれば楽をしたい派、何をやっても出ないぜ、かめはめ波、舗装路で滑るぜ落ち葉、あの頃は、はっ! ───ライムしてみました。2ストの燃焼はなりゆき任せ、おきらくごくらくに生きている私とあなたと波長が合う乗り物。

TEXT/F.Hamaya 濱矢文夫

愛すべき理由がある

2ストエンジンはクランク1回転で1回の燃焼。4ストエンジンは2回に1回の燃焼だから、単純に2倍のパワーが出る(理論上)。それと、極低回転域では高圧縮・高出力な4ストよりエンストしにくい。常にスロットルを開け放しにできる人ならいいけど、すぐ右手を戻す我ら一般ピーポーには助かる。

カムシャフトなど複雑な吸排気制御機能がヘッドにないから、4ストより軽い。「トルクの特性が〜」とか「トラクションが〜」とかはどうでもいいっす(どうでもよくないけど)。煙が出るのは生命感があっていい。2ストラブ注入でござる。

1983_HONDA MTX200R:エキサイトバイクでカクカク飛んでた頃

MTX200Rが発売されたのは83年2月。この年は7月にファミコンが発売された。カジャ・グーグーの『君はトゥー・シャイ』がヒットした年でもある。筆者は16歳になってすぐ原付免許を取り、CB50JX-1を中古で買って「俺って地域最速じゃね」と思っていた頃だ。まだオフを走ったことがないチェリーボーイ。

84年に「ウィークエンドモトクロッサー」DT200Rが登場してヒットしたため、ホンダもこれでは敵わないと思ったのか、85年1月に2PSアップし、フロントディスクとアルミスイングアームを採用したMTX200RⅡを投入した、という日本昔ばなし。

今考えると何が面白かったのかわからないが、当時は熱中したファミコンソフト『エキサイトバイク』は84年の発売だった。

1989_HONDA CRM250R:時を重ねて進化をし、そして消えゆくのは人と同じ

2ストエンジンはパワーバンドに入るとレスポンスが良く、トルクもモリモリでばびゅーんと加速するけれど、それ以外ではもっさり、トルク薄めというのが普通だった。そこに、回転数に応じて可変し、トルク特性をいいあんばいに整える排気デバイスが登場し、格段に乗りやすくなった(ヤマハのYPVSが市販車では世界初採用)。

MTX200Rの頃はATAC(Auto-controlled Torque Amplification Chamber)だったが、このCRM250Rでは、さらに点火時期も制御するPGM(Programmed)-RC(Revolutionary Controlled)バルブへと進化している。

しかし時が経ち、CRMも旧車となった今、PGM-RCバルブが虹の川を渡って動かなくなっている個体も多々ある。南無サンダー! 杉山。

1984_YAMAHA DT200R:新しい時代を切り開いたトレール

30PSを発揮する水冷2ストエンジンのパワフルさと、乾燥重量99kgという125ccモデルとあまり変わらない軽い車体。さらにリンク式モノクロスサス、YEIS、YPVSという当時最新装備。このバランスの良さからDT200Rは大ヒットした。カタログには「この力をくれたのは、モトクロッサーYZ」と書いてあった。

DT200Rが手を上げて「YZのみんな、オラに元気をわけてくれ!」って言うのを想像してしまった。「ザーボンさん、ドドリアさん、ごらんなさい、綺麗な白赤外装ですよ」

この頃のヤマハは神がかっていて、SRX400/600を出したり、初期型TZR250がバカ売れしたり、FZ400Rを出したり、RZV500Rなんてとんでもなかったし、DT50は青春の足として活躍したし、とにかくすごかった。

1988_YAMAHA DT200R:バイクの本質は善である(うごけば)

DT200R史上初のフルモデルチェンジだった。ピストンリードバルブから、当時のオンロードレーサーレプリカと同じクランクケースリードバルブに変更された。2ストを知らない世代だったら、「なんでキャブレターがクランクケースから生えてんの?」と思うことでしょう。というか、キャブレター自体を見たことがなかったりなんかして。

あとから、さらに戦闘力を上げたDT200WRが登場し、印象としてはそっちのほうが強烈だったけれど、DT200Rの最終モデルであるこれも楽しいバイクだった。

走って止まれたらなんでも楽しいんだけどね。好き嫌いはあっても、基本的に良し悪しなんてないと思う。動けばみんないいバイク。

1984_SUZUKI RH250:浜辺美波に似ているって言われるんですよー

86年のマイナーチェンジで、副室入口のバルブを開いて排気脈動を変化させるSAECが装備されたが、この初期型には排気バルブが付いていない。でも普通に乗っている分には困ることはなかったな〜。パワーバンドに入ったときの気持ちよさがあった。35PS/7000rpm、3.4キロのトルクだもんね。

一軸の両端にオモリを付けたバランサーが備わっており、個人的には、当時バイク雑誌に書かれていたような暴れ馬的な印象はなかったと、乗った感想を記憶している。足回りも含め、ハスラーの後継モデルとしてしっかりお金がかかっていた。

これも含め、当時の2ストモデルはモトクロッサーレプリカとアピールするのが定石。モトクロッサーを浜辺美波や広瀬すずとするなら、「ぽいよね」くらいだと思う。

1989_SUZUKI TS200R:即物的だったものにロマンを感じる

DT200Rが道を作った、250より軽く125よりパワフルというイイトコドリ路線モデル。なんちゅうか本中華、他社との違いは今では当たり前だが、当時のトレールにはなかった倒立フォークを採用したことも話題になった。

デザインとか雰囲気とか、鼓動感とかをしたり顔で語られるオンロードスポーツと違い、トレールやオフロードバイクは走りの性能、運動性で評価が決まることが多い。誰も「フロントフェンダーの曲がっている角度が腰のくびれみたいに美しい」とか言わない。ちゃんとした機能があればそれでいい。ある意味で残酷であった。

でもね、こうやって2ストトレールが消えた今からすると、各社の個性がテイストのように感じられてくる。部品がないから、今乗るのは大変だけど。

1987_KAWASAKI KMX200:80年代2スト車ラプソディー

カワサキの2ストトレールというと、圧倒的に後のKDXシリーズのほうが有名で、それを木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)に例えると、お姉ちゃんで地味な印象の石長比売(イワナガヒメ)のように感じるかもしれない。でも、コンパクトで足つきもそこそこで、トレールとしてよくできていた機種だと思う。

このカラーは「やや」地味、だがそれがいい。「やや」というと『夜霧のハウスマヌカン』。たまについ口ずさんでしまう。ギャップで飛ばされたように話が右往左往するのが、ここのジャスティス。

KDXでさえほとんど見なくなったのだから、KMXなんて珍しくて、見かけたら親指を隠すレベル。旧車というには新しく、普段使いをするには部品供給も含め不安がよぎる。よぎりのぉ〜♫

1989_KAWASAKI KDX200SR:KDXについて私が知っている二、三の事柄を語らない

KDX200SRなんて語り尽くされていて、「俺、乗ってた」って人も多く、今さら説明なんていらないと思う(書いているのが締め切りギリギリで、岸澤編集長の怒る顔を想像して仕事を放棄しているわけじゃありません、ありません。大事なことなので2回言った)。

私がバイクに乗り始めた頃に創刊された日本版の『CYCLE WORLD』というバイク雑誌があり、どなたが書いたのかわからないコラムに、若い魂は不安定だから2ストロークと相性がいい、なんて書かれていて、今も昔も2スト好きで締め切りが守れない筆者にとって印象的だった。だから昨日食べたものも思い出せないのに、これは覚えている。

40:1くらいの混合比で煙に巻いて、今年を締めたいと思う。ここは2026年も続くのかな?

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