1. HOME
  2. COLUMN
  3. なぜ我々は“絶景”を求めるのか?

なぜ我々は“絶景”を求めるのか?

写真/荒木優一郎 文/高橋剛

ライダーが走りに行く理由をしっかりと考えてみた

ライダーが走りに行く理由をしっかりと考えてみた

バイクに乗って絶景道を走ることがなぜこんなに素晴らしいのかを書いてください」と、編集部からオーダーされた。

しかし、何日経ってもまったく筆が進まない。書いては消し、書いては消しを繰り返す。書き出しすら決まらず、頭の中で文章が動き出さない。延々とクラッチミートをミスってエンストし続けているようなものだ。あるいはもっと手前の、キーを探している段階。走りようがない。

うーむ……。 困り果てた。

文章を書くことを生業にして今年でちょうど30年になるが、ごくまれにこういうことが起こる。スランプというわけじゃない。今回の場合、原因は明確だ。テーマが当たり前すぎるから、だ。

バイクに乗って絶景道を行くことは、「腹が減ったからメシを食う」とか「眠くなったから布団に入って目をつぶる」とか「夏が来たから半袖短パンになる」といったことと同じレベルで、あまりにも当然なのだ。

そこに、疑問を差し挟む余地はない。疑問がなければ、考えることもない。考えることがなければ、書くこともない、という無敵の三段論法である。つまり、無理……。

……と、文章を書き出すのにホトホト困り果てる程度に、「バイクに乗って絶景道を走る」ことは、少なくとも僕にとっては当たり前すぎるほど当たり前である。

僕自身はライディングそのものが好きだから、バイクでならどこを走っていても楽しくて仕方がないし、常に満足している。

だが、「バイクに乗ってどこかをめざそう」となった時、思い浮かべる目的地はほぼ確実に、いい景色が見られる場所、ということになる。「あまりにも原稿に行き詰まっているから、ちょっとバイクで出かけてみるか」というたった今、千葉・外房の我が家の近くで手っ取り早いのは、太東崎だ。

バイクでわずか5分程度。クルマではすれ違いが困難な細い山道を一気に駆け上ると、目の前にズドンと太平洋が広がる。

真っ白な灯台の脇にバイクを停めて、展望台に足を運ぶ。「展望台」などというとそれっぽいが、ただ断崖のてっぺんの平地に転落防止の柵とベンチがあるだけだ。

ここは完全に外海だから、視線のはるか彼方にあるのはアメリカ大陸だ。西海岸カリフォルニア州あたりを眺めていることになるだろう。

右手には海岸線が続き、手前にはゆったり流れる川の河口が見える。あとは田んぼや畑や野山の緑が広がるばかり。人工物はポチポチと建物が点在している程度で、自然が占める割合の方がはるかに大きい。

驚くほど美しいというわけではなく、およそ絶景とは言いがたく、人様にお勧めもしないが、素朴で温かみのある眺めが僕は好きだ。

海から強い風が吹いている。バイクで来ているから、逃げようがない。耳元のうなり音はうるさいが、新鮮な空気に当たりっぱなしだから最高に気分がいい。日常的に心の中に折り重なっているいろんな面倒が、見事なぐらい風に吹き飛ばされていく。帰りたくない。

我が家から至近の地味な太東崎でさえ、このように、バイクで行けば素晴らしい場所になってしまうのである。長い時間をバイクと過ごし、「選ばれし景色」である絶景を行けば、それはもう、人生の中でも別格の出来事に決まっている。

編集部からは、「その理由について考察のうえ記述せよ」と命じられているわけだが、やっぱり「そんなの当たり前じゃん」としか言いようがないじゃないか……。

バイクはネイチャーな乗り物だ。バイク乗りの皆さんには今さら説明するまでもないけれど、身体が剥き出しで、風雨にさらされ、夏は暑く冬は寒い。身体ひとつで歩いていることとの違いは、スピードが出てラクに移動できることぐらいだ。

僕がバイクを擬人化するなら、決して親切ではなく、愛想笑いも浮かべないキャラクターを設定する。こちらの意に逆らうことこそないが、助けてもくれないタイプ。

薄っぺらいナイロン地のテントでキャンプをしているみたいに心もとなく、頼りにはならないが、バイクの素っ気なさは自分と自然の間柄をリセットしてくれる。

メカニカルな乗り物なのに、徹底的にアウトドアそのもので、何も手助けしてくれないがゆえに自然そのもので、だからこそ景色が近い。

バイクに乗っていれば、絶景に向かう道中からしてすでに僕は景色と一体になって、完全に溶け込んでしまっている。

風に翻弄され、雨を心配し、気温の変化に気づき、事故のリスクを自力で回避しながら、「絶」が付くほどこの上ない景色にたどり着いた時は、もはや自分の存在も絶景そのものだと言っていいのではないかと思う。

と、いうあたりまで考えを巡らせたところで、僕は絶景とまでは言いがたい太東崎を後にする。ヘルメットをかぶってシールドを下ろす。

ものの5分で我が家に戻り、バイクをしまい、パソコンに向かう。カチカチという打鍵音が耳障りだが、僕の中にはアメリカに続く太平洋と、のんびりした里山風景と、気持ちいい風が残ったままだ。

関連記事