
『ノブ撮り』誕生秘話|バイク日和・バイク専門フォトグラファー 田中伸明(ノブ)
スマホで誰でも手軽に写真を撮れる現代だからこそ「一眼カメラでプロに撮ってもらう」という価値は、むしろ高まっている。そんな中、カタログのように美しいバイク写真が撮れる「ノブ撮り」のサービスが注目を集めている。カメラマン兼オーナーとして活動しているのは田中伸明さん。彼のバイクと写真にかける熱意は、一体どこから始まったのだろうか
■ BikeJIN vol.271 9月号
PHOTO/KAI TEXT/H.TAKAGI
最高のバイク写真の原点は阿蘇山で見た夕陽にあり
真っ白な背景に、愛車のシルエットが鮮やかに浮かび上がる。エンジンの造形美は陰影によって立体的に際立ち、カウルやタンクには光から影へのグラデーションが滑らかに走る……。まるでメーカー カタログの写真のようにも見えるが、実際には違う。そんなバイク専門写真撮影サービス『ノブ撮り』を提供しているのは、プロカメラマンの田中伸明さん。自身も5台のバイクを所有する、歴30年以上のベテランライダーだ。田中さんがバイクに乗り始めたのは16歳の頃。
「高校に入学したら、友人が次々とバイクに乗り始めました。1月生まれの僕は同級生に遅れましたが、京都市内の教習所へ通い免許を取って念願のバイクを購入したんです」初めての愛車は、当時10年落ちだったVT250FC。メンテナンスの知識がなかったため、納車時のまま古いタイヤを履かせていた。

「タイヤがプラスチックみたいに硬くて、雨の日は必ず転けるんです。最初はなんて恐ろしい乗り物だと思って楽しめなかったんですけど、夏休みに人生の転機とも言える出来事が起きました」
長期休みを利用してツーリングを企画した田中さんが目指したのは、熊本県・阿蘇。ところがタンクトップに軍手という軽装備だったためか、初日から日焼けと疲労で満身創痍に。体力を振り絞って走ったが、山口県で「帰ろうかな」と諦めかけた。その時だった。対向車線のアメリカンバイクの集団が、ピースサインを送ってきたのだ。「なんだこれ!?」意味はわからなかったが、知らない土地で仲間に出会ったような感覚。夢中でピースを返した。たったそれだけだが、不思議と心が軽くなった。「バイクってなんて楽しいんだろう」。初めてそう思えた瞬間である。
この出来事が糧となり、田中さんは3日をかけてついに阿蘇山までたどり着いた。日本とは思えないほどに壮大な景色……どこまでも広がる草原、ダイナミックに迫る山々、手を伸ばせば届きそうな空を見て夢中になって走った。草千里ヶ浜に着いた時にはすっかり陽が傾いていたが、それは逆に幸運だったのかもしれない。広大な草原が見渡す限り夕陽で真っ赤に染まる様子は、人生を変えるには十分なほどの絶景だったのだ。「あんな景色を見たら、もうバイクを降りれないですよ」。田中さんは、少年のような顔をして笑う。
それ以降すっかりバイクにハマったが、ツーリング一辺倒だったわけではない。1年ほどでVFR400Rへ乗り換えたことで、今度はスポーツライディングに夢中になってしまったのだ。
「あの峠が楽しい、あのコーナーには砂利が浮いているなんて、どこへ行ってもグレーのアスファルトばかりを見る日々が10年ほど続きました」
「バイクのある風景」写真と運命の出会いを果たした
速さを求める田中さんのバイクライフにもう一度転機が訪れた。それは、バイクに熱中するきっかけである「風景」に関連するものだった。
ある日、動画共有サービス『ニコニコ動画』を見ていたところ、『ニコニコツーリングフォトコンテスト(以下ニコツーフォトコン)』という、「バイクのある風景」をテーマに開催されたフォトコンテストの情報が目に入った。主催者のnyahonyahoさんこと小﨑直史氏は、セローに乗るプロカメラマン。彼の写真はただ景色を切り取るわけでも、バイク単体を映すわけでもない。両者がそろって初めて生まれる新しい世界観の写真だった。


ニコツーフォトコンで佳作を受賞した2枚。バイクは単なる乗り物という枠を越え、ともに作品を作る相棒となった。今でも田中さんにとって、このフォトコンテストは特別な存在である
ニコツーフォトコンでは、参加者がそれぞれの思うバイクのある風景を写真に収め、応募していた。ある人は夕陽をバックに走る姿を、ある人は真っ青な海を愛車とともに眺める様子を。どれもツーリングの醍醐味が1枚に詰め込まれていた。田中さんはこの時の衝撃を「あの日、阿蘇で出会った感動との再会でした」と話す。そこからの行動は早かった。すぐにコンパクトデジタルカメラを購入。そして翌年にはマイクロフォーサーズ、さらに翌年にはフルサイズの一眼カメラへと買い替え、撮影とツーリングを繰り返す日々が始まった。
当時は会社員をしながら趣味での活動だったが、ニコツーフォトコンでは2回目の応募から佳作に入選。その他にもメーカーや雑誌のコンテストへ応募し、数々の賞を獲得した。当時のことを振り返って田中さんはこう語る。「僕だけじゃなく、周りの大勢のライダーが写真に情熱を燃やす一大ムーブメントが起きていました」。ついに2015年からは応募者でなく、プロカメラマンとしてニコツーフォトコンの審査員を務めるまでになったのであった。
ニコツーフォトコンの思い出はコンテストだけではない。2016年からは常連メンバーとともに「バイクのある風景」写真展を開催。2019年に第2回、2021年に第3回を開催し、バイクと写真を愛する多くの人が訪れた。スマホが普及する現代、愛車をわざわざカメラで撮影して印刷するライダーは少ない。だが、小さな画面で見る写真と大きな用紙に印刷をした写真では、見え方がまったく異なる。出力や用紙にこだわることで作品の世界観を作り込むことだって可能だ。スマホやSNSでは手軽に写真を発信できる反面、作品が消費されやすい。せっかく時間と手間をかけて撮りに行った写真をSNSに投稿して終わりではもったいないと、多くの人に知ってほしいのだという。
さて、田中さんがプロカメラマンとして独立をした頃の話に戻ろう。数々のコンテストで入賞を重ねるなか、いよいよ「会社員をやめて写真を本業にしよう」と思った時に思い浮かんだのが、スタジオでバイクを美しく撮影する『ノブ撮り』の手法だ。写真スタジオに愛車を持ち込みテスト撮影を行い、仕上がった写真をスマホの壁紙に設定したところ、その満足度は想像以上だったのだという。成人式や結婚の記念写真のように、バイクとの大切な思い出を鮮明な写真に残せる。ライダーにとって、これ以上ないほど素晴らしいことではないだろうか。


田中さんが提供する「ノブ撮り」写真。デジタル加工に頼らず、こだわり抜いたスタジオセットとライティング・撮影機材を使用することで、まるでカタログのように美しく仕上がるのが特徴だ。納車時や手放す前といった節目やカスタムの記録など、愛車との思い出を形に残す目的で利用者が増えている
2016年、京都府美山町のライダーズカフェ『ZERO‐BASE(ゼロベース)』に常設スタジオをオープンした。当時はカフェの屋外スペースに白・黒のバックを設置するスタイルで、バイク単体だけではなく、ライダーとのツーショットやハングオフなどの撮影も実現した。手頃な価格で高クオリティな写真が撮れるとあってすぐに人気に。やがてヤマハやナップスといった企業からの依頼も寄せられ、バイクイベントのコンテンツとしても定着していった。田中さんがかつて「バイクのある風景」に衝撃を受けたように、『ノブ撮り』も新たな文化として、ライダーたちに受け入れられたのだ。
――そして2025年3月、田中さんは京都府綾部市に新たな拠点として『ノブ撮り京都スタジオ』をオープンした。これまで通りイベントでの撮影も行いながら、新スタジオでは過去最高のクオリティでの撮影を提供していく。


田中さんが次に目指すのは、今度は自分が主催者となってフォトコンテストや展示会を開催すること。
「若い世代にも、SNS以外の場で写真を披露する楽しさを知ってほしい。そして、彼らの目に映る新しい世界を、僕たちにも見せてもらえたら嬉しいですね」。そう語る田中さんの情熱は、これからの日本のバイクカルチャーをさらに盛り上げる原動力になっていくはずだ。







1:車体には「FORCE V4」のロゴが渋く光る
2:ともに過ごした8万6000㎞が刻まれたアナログメーター
3&4:田中さんの愛車、VFR750RはホンダのファクトリーマシンRVFの技術とノウハウを投入して制作された、レース直系のV4スーパースポーツバイク
5:最大の特徴であるプロアーム。片持ち式スイングアームと、それを強調するホワイトのホイール
6:レーサーのシルエットを受け継いだ左出しマフラーも、このモデルのアイコンだ

田中伸明(ノブ)
V型エンジンに惚れて16歳でバイクに乗り始める。現在はVFR750R、VFR400R、NSR250R(87 年式と88 年式)、FTR223 の5 台のオーナー。自身のスタジオ撮影のみならず、車両・用品のカタログ写真も手がける。近年、多くのイベントで出張撮影をするなど注目を集めている