
エンジンオイルはどうやって作り出されるのか?|Think with A.S.H
身近でありながら、わからないことが多いのがエンジンオイルだ。どうやって開発されているのかなど、想像もつかない人が多いだろう。A.S.H.の開発現場に潜入し、高性能エンジンオイル開発の実態を探ってみた
■ BIkeJIN vol.274 2025年12月号
写真/石村英治(PHOTO SPACE RS) 文/淺倉恵介
取材協力/ジェイシーディプロダクツ http://www.jcd-products.com/
高性能オイルA.S.H.の開発現場を特別公開
我々ライダーにとって、身近な消耗部品であるエンジンオイル。エンジンのコンディション維持のため、重要なファクターであることはよく知られている。だが、エンジンオイルがどのような工程を経て作られているかを理解している人は少ない。
エンジンオイルはベースオイルにさまざまな添加剤を加えて作られているのだが、今回その開発現場を取材することができた。高性能オイル・ケミカルブランドA.S.H.を展開するジェイシーディプロダクツ。同社で代表を務め、自らエンジンオイル開発の現場に立つ岸野修さんが、エンジンオイルをブレンドする現場を公開してくれたのだ。

右の人物が、ジェイシーディプロダクツ代表の岸野修さん。オイル・ケミカルのエキスパートであり、バイクや四輪のメカニズムにも精通している。左は、同社スタッフの岸野鉄平さん。フィーリングリポートのほか同社製品の開発に関与する
ジェイシーディプロダクツの開発拠点は、同社の京都ブランチに存在する。いかにもラボラトリーといった雰囲気の、整然とした室内の空気感に取材班の緊張が高まった。なにしろ開発部門といえば、その企業の心臓部。トップシークレットの塊だ。
だが撮影を始めてすぐ、我々は驚きの事態に直面した。机の上には、現在販売されているA.S.H.のハイグレードエンジンオイル「MOTO‐SPEC FS」に使用される素材や、その分量が記されたレシピが無造作に置かれていたのだ。そこには、どの成分をどれだけ必要とするかがハッキリと記されていた。
慌てて、写真に写らない場所にレシピを移動させるようお願いしたのだが、岸野さんは動じる様子がない。取材班を信用してくれてのことなのか?だが、万が一この成分表が外部に漏れたら……と考えれば、あまりにも不用心が過ぎる。
しかし、それは杞憂に過ぎなかった。この成分表を他者が手にしたとしても、A.S.H.と同じ性能のエンジンオイルを作り出すことは不可能であるという絶対的な自信が、岸野さんにはあったのだ。「成分表を見て同じ材料を用意したとしても、A.S.H.と同性能のエンジンオイルは作れません。エンジンオイルはベースオイルに添加剤をブレンドして作るものですが、そのブレンド方法こそがノウハウなのです。

例えばですが、ベースオイル『A』に添加剤『B』と『C』をブレンドしたいとします。仮にですが、『A』に『B』を加えても分離してしまう。この時、先に『A』に『C』をブレンドし、その後に『B』を加えると混ざり合うことがある。混ぜ合わせる順序だけでなく、ブレンド時の温度によっても変わります。
エンジンオイルのブレンドは、こうした素材同士の相性が難しい。ブレンドの方法は、実験を繰り返して確認するしかありません」
そう岸野さんは語る。エンジンオイルに使用する素材の組み合わせは、無限といっていいほど多い。しかもそれぞれに相性があり、単純に混ぜ合わせてもエンジンオイルとして機能するものではないのである。
岸野さんは、長年にわたりエンジンオイルの開発に携わってきた経験がある。にも関わらず、エンジンオイルの開発時には自らブレンド方法を実験し確認を怠らない。オイルのブレンドは、それほど複雑で難易度が高い。岸野さんが、エンジンオイルのレシピを秘匿することにこだわらなかった理由はそこにある。
ブレンド風景の写真を見てほしい。素材が入った金属製のボトルには、アルファベットの記号が打たれたラベルが貼られているのだが、これもレシピ流出を危惧した取材班がお願いしたもの。もとは、素材の品名そのものが記載されていた。

「MOTO‐SPEC FSのベースオイルはPAO(ポリアルファオレフィン=粘度指数が高く、低温流動性に優れる高性能ベースオイル)です。一言にPAOといってもさまざまな種類が存在しますから、A.S.H.で使用している高品質なものを誰もが用意できるかはわかりません。弊社で独自開発した添加剤も使用しています。これは他には存在しませんので、そもそも用意できません」
この自信の強さ、誇大とはいえいえない。それだけの知識と経験の裏付けが岸野さんにはある。だからA.S.H.のエンジンオイルは高性能であり続けるのだ。


