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  3. ヤマハのモノ造り:VOL.8 バイク生産のグローバル化

ヤマハ発動機創業者の川上源一さんは、当初から
「我々の目標は国内市場だけではない」と明言していた
今や一大グローバル企業として海外生産を推し進めているヤマハ
躍進の影にあるのは、実直で丹念な「人づくり」だった

ヤマハのモノ造り
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vol.8

バイク生産のグローバル化

「洋の東西を問わずお客さまの目は厳しい」
だから真面目に、ひたむきに

まずは円グラフを見て欲しい。世界で年間500万台を超えるヤマハの生産台数のうち、インドネシアで31%、ベトナムとインドでそれぞれ17%を生産。この3カ国で65%を占めているのだ。

年間約500万台のヤマハバイク「美」という付加価値をもたらした

年間約500万台のヤマハバイク
「美」という付加価値をもたらした
「海外生産」とは、車両全体を海外の現地工場で生産する方法や、一部部品を別の国から調達する方法など、法規制や貿易のあり方によってさまざまだ。その中で、「より良い製品を、より低価格で」生産するために最適な方法を常に模索する。先進的なバイクはマザー工場である日本から技術発信されることが多い

もちろんヤマハは静岡県磐田市に本社を構えるれっきとした日本企業だが、海外生産が96%を占める多国籍企業でもある。

生産の実情をさらに細かく見ていけば、あるモデルの一部の部品をまた別の国から調達しているといった複雑さで、「海外生産」における実際のモノ造りの流れを正確に追うことは難しい。

その複雑さはすべて、各国の事情や保護貿易の理念を尊重し、法律を遵守しながら「より良い製品を、より安く提供するための企業努力」によるものだ。

これはヤマハに限らず、海外で事業展開している企業すべてに共通していることだろう。しかしヤマハにはヤマハだけの企業風土がある。ヤマハならではのスタイル、というものがあるのだ。

それはヒトコトで表せば「不器用」ということになる。「いいモノはいい」という理想を、国によって目減りさせたり歪めることができないのだ。

山田さんが実験担当した17年最新モデルがコレ!

二輪車の海外生産は22拠点!
隅々までヤマハイズムが浸透
創業当初から世界への躍進を誓っていたヤマハは、現在、二輪車は22の生産拠点を有している。それらは相互に連携しながら、生産にまつわる情報を随時共有。生産機材の標準化推進と相まって、国や地域に関わらずレベルの高い生産体制を敷いている

どの国で生産するにあたっても、もちろん各国の事情は十分鑑みながらも、「いいモノはいい」をまっしぐらに追求してしまうのだ。「昔からそういう会社なんですよ」と生産企画部長の藤田靖生さんは笑う。小器用に考え方を切り替えたり割り切ることができない会社だ、と言うのだ。

海外生産1号車は1963年のモペット

海外生産1号車は1963年のモペット
ヤマハの創業は55年。その8年後、63年には早くもインドでモペットの現地生産・現地販売に取り組んでいた。インドは今後の二輪マーケットの伸展が期待されている

例えば、「意のままになるハンドリング」という文句がある。国によってライダーの平均的なスキルも違うのだから、「意」の範疇や精度は当然異なる。であれば、こんな考え方も可能になるだろう。

ーー先進国のユーザーは目が肥えているから、先進国向けのバイクはハンドリングをしっかりと作り込もう。

途上国のユーザーはまだそこまでのスキルに達していないから、その何割かの作り込みでいいんじゃないかーー。

そういう割り切りによって、多少は経営効率は上がる、のかもしれない。だが、ヤマハはそれをよしとしない。「意のままになる」は世界共通と考え、ベースの部分からしっかりと作り込むのだ。

ハンドリングに限らず、エンジンパフォーマンス、部品の精度、耐久性、そしてデザイン性に至るまで、隅々まで、ことごとく、ヤマハは国によって分け隔てることなく「優れたモーターサイクル」を造ろうとする。その背景には、「譲れぬ思い」がもちろんある。ヤマハの名を冠して造るからには、自分たちが本当に良いと思えるものを造りたい。そこに国の内外は関係がないのだ。

そしてもうひとつ、「国に関わらず、お客さまの目は厳しい」という事実もある。

先進国に対する途上国という言葉には、時に後進といった意味合いが含まれがちだが、少なくともヤマハに携わっている人たちに、そのような意識はまったくない。「エンジン性能にしても、静粛性にしても、カラーリングにしても、信頼性にしても……。すべてにおいて要求レベルは非常に高いと感じます」と鈴木健二さんは言う。

須田将史さんは、「笑い話じゃないんですが……」と、こんなエピソードを教えてくれた。

マレーシア人やインドネシア人の耳は、日本人には聞こえない領域の周波数を拾うようなのだ。だから日本人技術者には分からない音を「ノイズだ」と指摘する。

お話を伺った方

ヤマハ発動機
生産本部生産戦略統括部
生産企画部長
藤田靖生さん

「品質に関する信頼を裏切ることはできない」

「趣味に関わるモノを造っている会社だから、きっと楽しめるだろう」と入社。今は生産企画部長として、モノ造りに関わる企画提案や進捗管理に携わっている。愛車セローで、トレッキングを楽しむ

お話を伺った方

ヤマハ発動機
生産本部BD製造統括部
MC車体工場品質管理課工長
須田将史さん

「職場ではバイクとともに人をつくっている」

生産工程設計や完成検査に携わる。06~11年はインドネシアで2500名の現地人を率い、組み立てから梱包まで生産工場に関わるすべてをマネージメントした

お話を伺った方

ヤマハ発動機
生産本部生産戦略統括部
生産管理部生産準備グループ
グループリーダー
相馬大作さん

「世界で認められるのは本当の意味での高性能」

07~13年まで、インドネシアで生産管理に携わった。現在は国内外問わずニューモデルの生産準備に取り組む。マジェスティ、YZF-R1などを経て、現在の愛車はTMAX

お話を伺った方

ヤマハ発動機
生産本部生産戦略統括部生産企画部
生産企画グループ主査
鈴木健二さん

「各国のレベル向上でバイク選びを幅広く」

08~10年にはフィリピンの新工場設立に携わる。その後マレーシアにも駐在した。現在は各国のモノ造りの啓蒙活動や、工場間の交流などに取り組んでいる

じっくりと信頼を築く
人づくりこそが
モノ造りの基盤だ

現地の人たちと協力しながら原因を究明し、ギヤの歯形を変更することで解消した。わずかな事象だったが、見逃すことのできないことでもあった。

相馬大作さんは「東南アジア諸国の主流モデルは、排気量自体がそれほど大きくありません。だからエンジン音自体も、ビッグバイクよりは小さい。だからノイズに気付きやすいという面もあります」

こういったことは、枚挙に暇がない。各国ユーザーの「バイクを大事にしよう」という思いは、想像より強いのだ。東南アジア諸国の庶民にとって、バイクはまだ高嶺の花だ。頑張って手にしたヤマハのバイクは、私たち日本人が考える以上に貴重な財産なのだ。

一方でアフリカなどではバイクは生活必需品だ。故障などあってはならない。場合によっては命に関わる可能性さえある。「信頼性」という言葉にリアルな重みがある。

つまり結局のところ、生産国がどこだろうと、販売国がどこだろうと、ユーザーの経済状態がどうであろうと、メーカーとユーザーの間柄において、品質は下げようがないということなのだ。

これは本質論であり、そこを愚直なまでに追求するのがヤマハという企業のあり方である。だが、それを各国の生産拠点で同じように適用するのは、非常に難しい。

東南アジア生産のグローバルモデル続々!

東南アジア生産の
グローバルモデル続々!
ずらりと並ぶのは世界各国で大人気のモデルたち。東南アジアで生産され、その性能と品質が高く評価されている。どこで造っても、どこでも認められる。これがヤマハのグローバリズム

例えば、一例に挙げた「品質」という言葉ひとつ取ってみても、日本人は特有の共通認識のうえにこれを理解している。

須田さんが「あの椅子……」と、会議室の奥に少し乱れて置かれたいくつかの椅子を指さした。

それを見た全員が瞬時に、「あ、片付けなくちゃ」と思う。全員で顔を見合わせて笑う。

教育の成果なのか、文化なのか、いずれにしても乱雑な椅子に注意を向けられた瞬間に、「整頓する必要がある」と感じるのが私たち日本人の気質だ。

そして、私たちが当然のように持ち合わせているこの気質は、こと製造業というジャンルにおいては確実にプラスに作用する。だが、世界各国共通の認識ではない。むしろ、まったく通用しないと思った方がよい。

だから、「なぜ乱雑な椅子を片付けなければならないのか」という根本を理解してもらうところからしか、各国での理想的なモノ造りは始まらないのだ。

各国の現地工場では、一緒に食事を酒席をともにしてのいわゆる「飲みニケーション」や、全員一緒での朝の体操などをこなしながら、ヤマハの考え方を体得してもらう。

頭ごなしに押しつけるやり方もある。100%日本主導で強引に引っ張るやり方も。

「品質を向上しよう」というスローガンのもと、厳しくノルマを課す、あるいは報奨金を出すといった、数字だけを追うやり方もあるだろう。もしかするとこれらの方法は、効率よく物事が進んでいくように見えるかもしれない。

だがヤマハはそれをよしとしない。「何のための品質を上げるのか」という根本を現地の人々に深く理解してもらいながら、モノ造りを進める方法を採る。

日本人があれこれ言うより、現地人のキーパーソンを指導し、現地の人同士で話し合ってもらうやり方がスムーズにことが運ぶ場合も多い。

監督職を集めたサークルを作るなどして、交流を深めながら根っこからの「人づくり」に取り組むのである。長い時間がかかる方法だが、結果的には隅々まで「ヤマハイズム」が浸透することになる。

国民性によって、やり方も変える。面白いことに、東南アジアの方が日本人的な考え方が受け入れてもらいやすいそうだ。

個人主義・自己主張の国アメリカでは、そもそも「人材育成」という文化自体があまり一般的ではない。だから監督職も、自分個人の仕事は懸命にやっても、部下の育成には力を注いでくれない。「部下が育つことが、あなたの評価につながるのだ」ということを理解してもらう。それも地道なサークル活動を続けていくなかで、少しずつアメリカ人の心に響かせていった。

「泥臭いんですよ」と鈴木さんが笑った。これには全員が頷く。

「ヤマハとして一定のガイドラインはもちろん設けています。世界各地に広める事柄ですから、どうしても体系化する必要がある。

でも、それがすべてではありません。国民性に合わせることはもちろんですが、担当者の個性も考慮しながら、変えるべきところは変えていく。そういう人間味がヤマハらしさかな、と」

そうやって、ベクトルが合致した「人づくり」をすることこそが、真のグローバリズムだ。ただ日本のシステムを各国にバラ撒くだけではなく、濃密な人的な交流を通して「ヤマハ」という共通のくくりの中で相互理解を深める。

だから「ヒエラルキーのトップに立つ日本が、各国に追随させよう」といった傲慢さは、ここにはすがすがしいほどない。

相馬さんは、「日本の工場も、各国の工場から学ぶべきことがあれば、どんどん採り入れる。そうやって切磋琢磨し合いながら、お互いにレベルアップしていくんです」と言った。高いレベルで各国の生産体制が横並びになること。「人づくり」は、そのための地ならしなのだ。

「もちろん、日本の本社工場はマザー工場として先端にいるという自負があります。先鋭的で個性的なヤマハらしいモノ造りは、日本からどんどん発信していきたい」と藤田さんは言う。

アジア専売モデルが個性を放つ!

アジア専売モデルが個性を放つ!
ライダーがバイクに感じる魅力に、国境の垣根はない。二輪市場がホットなアジアでは個性的なモデルが多数ラインナップされている。日本人にとっても興味深い魅惑のモデルばかりだ

現地開発モデル M SLAZも登場!

現地開発モデル M SLAZも登場!
生産のみならず、開発も現地で行われるケースも増えつつある。YZF-R15(前モデル)をベースに、アグレッシブなスポーツネイキッドに仕立てた「M SLAZ」もそのひとつ。グローバル化はどんどん進んでいる

「相乗効果がうまく働いて、世界全体でヤマハのモノ造りのレベルはどんどん上がっています」と須田さん。

「今みたいに東南アジアで生産するモデルがどんどん日本に入って、日本のお客さまに喜んでいただけるなんて、思ってもいませんでしたからね」とうれしそうだ。

回り道せず、真っ正面から取り組む。人と人の相互理解から、すべてを始めようとする。丹念な歩みが、いつしか地盤を強固に整える。その地盤が大樹の根を支えるからこそ、美しい花が咲くのだ。

不器用で実直な者たちだけが、その花の色を知っている。

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