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【カタナ専門ショップ・ユニコーン⑤】あなたはカタナの守護神

専門的二輪車の世界には道を突き詰める楽しさあり!
スズキ・カタナシリーズのスペシャリストとして活動する横浜市のユニコーンジャパン
その代表を務める池田隆さんは極めて豊富な経験と知識を持つ世界最高峰の“刀職人”だ

(BikeJINvol.236 2022年8月号より抜粋)

前回の最後に、スズキの名物エンジニアとして知られた故・横内悦夫さんについて少し触れたのですが、今月号ではその思い出話をもう少しだけさせてください。

横内さんは57年にスズキ入社。74年にはレースグループ長に任命され、78年からは兼任で市販車部門の二輪設計部次長に任命されました。マシン開発とチームマネジメントを担当したロードレースとモトクロスでは数々のワールドタイトルを獲得し、ロードレース世界選手権では最高峰の500㏄クラスで76~82年に7年連続でシリーズタイトルを獲得。一方で市販車のほうでは、GSX1100SカタナやRG250ΓやGSX-R750など、数々の名車を生み出してきました。

私がスズキに入社したころ、横内さんはすでに雲の上の存在。会うことすら叶わないような人でした。その後、カタナ関連の雑誌取材などで面識はあったのですが、距離がぐっと近づいたのは、横内さんがしばらく乗っていなかったGSX1100Sカタナのアニバーサリーモデルを復活させるときに、バイカーズステーションという二輪誌の佐藤康郎編集長が弊社を推薦してくれたから。仕上がったカタナは大変評価いただき、すでに退職されていた横内さんとはそれにより信頼関係ができ、毎年のように自宅に伺っていました。最初のころはマン・ツー・マン状態でエンジジンや設計のことを教わり、途中からは人生観や生き方も学ばせていただきました。

横内さんの晩年、私は完全にマネージャー状態。スズキの広報担当者に雑誌などから「横内さんに取材したい」なんて依頼があると、広報さんが「その件はユニコーンジャパンさんに」という感じになってしまって……。その旨を横内さんに打診すると、「この取材は受けるべきかね?」と相談を受ける状態でした。残念なことに横内さんは21年10月18日に87歳で亡くなられましたが、翌月末から2カ月間ほど、ユニコーンジャパンが企画してバイカーズパラダイス南箱根で「故横内悦夫氏追悼展」も開催させていただきました。

カタナのおかげで、本来ならお会いすることもできない方と親密になれたわけですが、そういうことで言えば、(実際にはターゲットデザインという会社のグループワークだったとされますが)カタナのデザイナーとして知られるハンス・ムートさんともお会いして、自宅を訪問したこともあります。

こちらの写真は17年にハンス・ムートさんの自宅を訪ねたときのもの。ムートさんにも池田さんの並々ならぬ「カタナ愛」が伝わった証である

弊社では以前から、スズキの依頼で海外のモーターサイクルショーなどで展示するコンセプトモデルや市販予定車のカスタム仕様などを製作する機会があったのですが、12年のドイツ・インターモト(ケルンショー)では1100カタナのカスタム仕様を展示する仕事をいただきました。このとき、夜にスズキ主催の懇親会があり、そこにムートさんも出席。さらにその後、スズキのある偉い方からお願いされて、カタナに関してムートさんと2時間ほど対談させていただいたこともありました。カタナに関して、私は誰にも負けない熱量を持っていますから、当然ながらムートさんにもそれが伝わってとても仲良くなり、気に入られて自宅まで招いていただいたわけです。

池田さんはケビン・シュワンツさんの大ファン。12年のインターモトでシュワンツモデルのレザージャケットにサインを入れてもらい、いまも愛用

横内さんからもムートさんからも言われたのは、「あなたはカタナの守護神だからね」ということ。“生みの親”で親しくさせていただいた横内さんやムートさんにそう言い残されると、なんとも重いメッセージに思えます。

とはいえカタナは、初代登場から40年も経つモデル。守り続けることは簡単ではありません。次号はそのあたりのお話を。

横内悦夫さんは、オーナーズクラブ「KATANA 会」の会員番号000。その証であるジャケットは横内さんの生前、池田さんに託され、現在もユニコーンジャパンに飾られている
ユニコーンジャパン代表:池田隆さん
専門的二輪車の世界には道を突き詰める楽しさあり!スズキ・カタナシリーズのスペシャリストとして活動する横浜市のユニコーンジャパンその代表を務める池田隆さんは極めて豊富な経験と知識を持つ世界最高峰の“刀職人”だ

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