なるほど!世界のバイク人「問題提起ではない素朴な疑問の件」
アメリカでは19年に女性参政権が認められ
70年代にはウーマンリブが世界に広まった
日本でも85年に男女雇用機会均等法が制定され
昨今はジェンダーレスが浸透しつつあるが……
BikeJIN vol.260 2024年10月号参照
女性メカニックはなぜ少ないのだろうか
7月の鈴鹿8時間耐久ロードレースで1位になったチームHRCがレース後にリリースした集合写真を見て、何か奇妙な感じにとらわれた。その理由はすぐに分かった。写真に写っていた全部で30人以上のチームメンバーの中で、女性は一人しかいなかったからだった。残りはすべて男性である。外見は男でも心は女という人もいるかもしれないが、それは写真では分からない。
30人の人間が集まれば、これはひとつの社会である。その中で一方の性が全体の3%しかないというのは、異常とは言わないまでも尋常ではないという気がするが、それはレースチームという特殊な閉鎖社会だからかもしれない。レースマシンに関するオペレーションを担う、エンジニアとメカニックのほぼすべてが男性であることは事実だ。チームの女性は、どちらかと言えばマネージメント側の仕事に携わり、女性のメカニックは、今年の鈴鹿8耐の場合、地方新聞の記事になったほど稀有な存在だ。
モトGPでも同じようなものだ。11チームのどれにも女性はいるが、女性のメカニックはいない。イギリスの国内選手権のBSBには、何年か前に女性メカニックがいた。クラブレースでも女性のメカニックは見たことがある。一般の整備業を見ると、ロンドンには女性メカニックしかいない自動車修理工場がある。バイクディーラーでも女性メカニックはたまに見かける程度で珍しい。あなたは、日本のバイクショップで何人の女性メカニックに会ったことがあるだろう。
私の単純な疑問は、なぜ女性メカニックは数が少ない、あるいは珍しいのかということだ。肉体的な理由? たしかに大半の女性の場合、腕力は男性より劣るかもしれない。だが昔と違って、今はエンジンのような重量物の脱着や上げ下ろしには機械が使われるので、それほどの力は必要ない。むしろ、女性は男よりも手が小さいので、狭い場所にもアクセスできるという利点がある。
モータースポーツは女性が男性と直接競争できる、数少ないスポーツのひとつだ。バイクレースでは、2018年のスーパースポーツ300のタイトルを獲得して、世界選手権初の女性チャンピオンになったスペインのアナ・カラスコを筆頭に、これまで世界選手権レベルのロード/オフロードレースで活躍した女性レーサーは1ダース以上いる。1990年代の後半に世界スーパーバイク選手権のサポートレースとして始まったスーパーモノ・ヨーロッパ選手権では、後に世界GP250で最初の女性レーサーになったカーチャ・ポエンスケンと、MZのワークスライダーのエリ・ビンドラムという2人のドイツ人女性が、常に表彰台争いに加わっていた。
日本人では1990年代の半ばにG P125を走った井形ともがいる。また、これは女性だけのレースだが、今年からWSBのサポートレースとして始まったヤマハR7のワンメイクレース、FIMウィミンズ・サーキット・レーシング世界選手権には、平野ルナが参加している。さらに裾野を広げると、現在のヨーロッパのナショナルレースやクラブレースでは、女性レーサーはとくに珍しくはない。
だが、かつてはバイクレースに女性はいなかった。世界選手権に女性コンペティターが現れたのは、サイドカーでは1951年にドイツのインゲ・シュトールが、マン島TTでは1962年にイギリスのベリル・スウェインが、最初の例として記憶されている。いずれもクラシック時代の人々だが、女性メカニックとなるとさらに希少で、マンクスノートンのチューナーで有名なビル・レーシーの娘で、プライベーター時代の若いマイク・へイルウッドが1950年代の終わりに乗ったNSU250を手がけた、アン・レーシーしか思い浮かばない。
そこで再び最初の疑問である。女性のレーサーは今ではそれほど珍しくなく、街では多くの女性がバイクに乗っているのに、なぜ女性メカニックはレアな存在なのだろう。昔からよく言われる「女は機械音痴だから」という理由は、まるで見当違いだ。自分が運転している機械がどういう理屈で動くのかに無関心で、メインテナンスにはまったく無知なままクルマやバイクに乗っている男が大勢いることを見れば、それは明白である。 資質の問題? 生まれたときはみんな白紙なはずの男女が資質で性差を生じるとしたら、その資質を作るものは何なのだろう。男の子はチャンバラをして、女の子はままごとをすることが、資質の違いを作ったのだろうか。それともその違いは、原始のDNAレベルにまでさかのぼるのだろうか。
偏見? もしそうだとしたら、それは女性自身にもあるかもしれない。女は機械に疎いと思い込み、自ら趣味や職業の選択を狭めてはいないだろうか。
私はかつてたいへん優れた女性メカニックを知っていた。エンジニアリングに対する彼女の専門的で実用的な知識と技術は、並みの男性メカニックをはるかに凌駕していた。クラシックバイクのエンジニアリングが趣味のひとつである私は、多くのことを彼女やほかの男性メカニックから学んだ。そこには性差などなく、だからことさらに、なぜ女性メカニックが少ないのかが不思議なのだ。
私は、環境や文化をもとに築かれた性差の概念であるジェンダーだとか、男女の機会均等だとかを話題にしているのではない。単に、なぜ女性のメカニックが少Written by Kyouichi Nakamura引退した元バイクジャーナリスト&フォトグラファー。天気の良い日はイギリスの田舎道をクラシックバイクで飛ばしている中村恭一ないのかという疑問の答えを知りたいだけだ。それとも、もしかするとメカニックという分野は、男のドメインだった世界に割り込んでくる女性に対する抵抗の砦なのだろうか。レースチームの写真を見ながら、私の頭の中ではジェイムス・ブラウンが歌うIt’s a Man’s Man’s Man’sWorld がぐるぐると回っていた。