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BikeJIN

タイ・ヤマハ・モーターに隣接する、ヤマハ・モーター・アジアン・センター
アジアを代表する生産拠点であるタイで、設計・実験・デザインなど開発業務も担う狙いで00年に設立された。
以降、18年を経た今、タイ人の開発者たちも成長し業務全体のマネージメントを司っている。
やりがいと、夢を携えながら。

ヤマハのモノ造り
連載記事一覧

vol.10

YMACの存在意義

日本の高品質を
どの国でも同レベルで開発・生産するために

謙遜。日本人の間でさえ忘れられがちなこの美徳を、タイ人のピシサック・スラウィチャイさんは見事に持ち合わせている。
日本語をとても上手に話し、意味は完璧に通じる。だが、時々わずかに言葉が出てこないと、「すみません……」と繰り返す。腰が低く、謙り、周囲に気を遣う。常に優しい笑顔をたたえている人だ。

スラウィチャイさんは、ヤマハ・モーター・アジアン・センター(YMAC)に勤めるバイクの車体設計者である。大学を卒業し、いわゆる新卒の新入社員として01年にYMACに入社した。
YMACは、アジア地域全体における二輪車の企画開発・製造購買の統括機能を持つ新会社として、00年、タイに設立された。

日本の高品質をどの国でも同レベルで開発・生産するために

アジア地域の二輪車開発を担う
約240名が働くヤマハ・モーター・アジア・センター。タイの地が選ばれたのは、日系サプライヤーが多く開発環境が整っていること、ASEAN諸国との距離が近いことなどから

当初、開発部門は稼働していなかったが、翌01年から本格的にオペレーションを開始。ちょうどその時に入社したスラウィチャイさんは、1期生にあたる。
「大学の通学はバイクを使ってましたし、バイクは好きでしたよ。でも、自分がこのような仕事につくとは思いませんでした。すみません」。率直なスラウィチャイさんは、そう苦笑いする。タイミングと条件が合っての就職だった。設計者としてのスタートは、日本で1年間の研修を受けることだった。実用重視のスモールバイクが中心のタイとは違い、日本はビッグバイクが多いことに驚かされた。

最初のうちは簡単な業務をこなしていたが、日本での研修を終えてタイに戻ってからは、徐々に仕事内容が高度になっていった。「一番苦労したのは、段取りです」とスラウィチャイさん。部品を設計すること自体よりも、どうやって効率よく物事を進めるか、それが難しかった。

ヤマハの生産台数60%を占める
屋台骨となった東南アジア

ヤマハの生産台数60%を占める
屋台骨となった東南アジア
静岡県磐田市に本社を構えるヤマハだが、バイクの生産は90%以上が海外拠点で行われ、60%はタイ、インドネシア、ベトナムなどの東南アジアが占めている。品質の高さが向上し続けているのは、各国の生産レベルが高まっているからこそ

YMAC実験部門のゼネラルマネージャーを務めている村上豊さんが説明する。
「日本には四季があります。だから『次の季節に向けて、先読みしながら準備する』といった考え方が、当たり前のように染みついているんです。
一方、タイには四季がありませんからね。『そんなにあわてて準備をしなくても何とかなるだろう』という国民性なんです。
そんなこともあって、日本人に比べるとタイ人は先を読んでの『段取り』が苦手。これは決して良し悪しじゃなくて、日本とタイにはそういう違いがある、というだけのことなんですけどね」

そういった国民性の違いを補ってあまりあるほど、タイにはアジアの開発拠点を構えるだけの魅力があった。
設計部門のゼネラルマネージャー、室尾振郎さんは、「素直でマジメなところが、タイ人の素晴らしさです」と言う。「と言うのも、タイ人は人から厳しく言われるのが苦手なのです。指摘の仕方には気を配りつつ、最終的に求めるカタチをクリアに伝えてあげれば、真剣に、そして、ていねいに造ってくれます」

世界のどこで造られた製品でも、日本で造られた製品と同じ高品質を守ること。海外で事業展開する日本メーカーにとって、これは非常に大きな課題だ。
日本の開発能力や生産技術の高さは間違いなく世界随一と言える。その反面、コスト高となりやすいという課題がある。一方タイは、二輪車の主要マーケットであるアジア諸国へのアクセスが非常によいうえに、製品のコストを抑えることも可能だ。

YMACは、タイを生産拠点としてだけ捉えるのではなく、開発の拠点としようとするヤマハの強い意志の表れだ。
ただし、その手法は決して強引ではない。段取りを始め、高品質な製品を効率よく開発するためにどうしても覚えてもらう必要がある事柄はあるにしても、それを無理矢理押しつけたりはしないのだ。

これはYMACに限った話ではない。ヤマハの海外事業展開のやり方はどの国でも共通している。現地の人々の国民性や、個々人の特性に寄り添いながら、ヤマハのモノ造りを理解してもらい、それを実践してもらうという、手間と時間のかかるやり方である。

主体性のある取り組みが製品の品質を高める

アジア諸国では魅力的なバイクが続々と登場している
プラットフォーム展開を基に
各国に最適なバイクを開発

08年にインドで生産開始したYZF-R15のエンジンとフレームをベースに、よりアグレッシブなデザインが与えられたM-Slaz(エム・スラッツ)は、タイで設計・生産が行われている。国をまたいでのプラットフォーム展開が結実したモデルだ

お話を伺った方

YAMAHA MOTOR ASIAN CENTER
Manager
Body Design-Design
Engneering Division
ピシサック スラウィチャイさん

「幅広い知識を基によりよい製品造りを」

01年、車体設計者としてYMAC入社。日本での足かけ2年以上となる研修を経て、モペットなどを中心とした多くのモデルの設計を担当。M-Slaz は、開発後半からプロジェクトリーダーを務めた

お話を伺った方

YAMAHA MOTOR ASIAN CENTER
General Manager Design Engneering Division
室尾振郎さん

「仕事にやりがいを感じてほしい」

90年のヤマハ入社以来、TT-R250などのオンオフモデル、YZF-R1を始めとするビッグバイクなどのモデルの車体設計を手がけた。オンオフ系モデルのプロジェクトリーダーを経て、現在はYMACで設計業務全般の取りまとめ役

自分たちのモノ造りが
ユーザーに喜びを授けているという実感

YMACには、バイクの設計、デザイン、そして実験といった、いわゆる開発機能がすべて集約されている。開発の流れそのものも、日本の本社とまったく同等だ。
さらにYMACはタイヤマハに隣接しており、生産工場と軒を並べている。製造とも直結しており、文字通りの一大拠点として機能しているのだ。

事務系の業務も含め、YMACのスタッフは総勢で約240名。そのうち日本人駐在スタッフはおおよそ1割に過ぎない。ほとんどすべての業務が、基本的には「ナショナルスタッフ」と呼ばれるタイ人のスタッフに委ねられている。

日本人駐在スタッフの役割は、本社や日系サプライヤー企業との折衝や調整、そしてヤマハのモノ造りが一貫しているかの「見守り役」だ。

スラウィチャイさんは、新入社員時代をこう振り返る。「最初のうちは私も慣れないことばかりだったので、叱られることもありました(笑)。でも、ヤマハのいい点は、失敗を許してもらえるところ。『失敗して、対策して、解決して』を繰り返しながら、設計者として成長することができたんです」
スラウィチャイの言う「失敗」とは、開発初期段階での話で、製品には何ら影響がない。というのも、開発担当の室尾さん、あるいは実験担当の村上さんのようなベテランの日本人駐在スタッフが関門となり見守っているからだ。

YMACにはデザイン部署も日本との連携で新しい魅力を

YMACにはデザイン部署も
日本との連携で新しい魅力を
YMACでスタイリングやカラーリングが行われたモデルも徐々に増えてきた。日本のヤマハ本社・デザイン本部と密接に連携し「ヤマハらしさ」を維持しながら、各国ユーザーの好みや事情に応じたデザイン業務が進められている(デザインについての詳細は次回)

ヤマハの生産台数60%を占める

ベースパッケージは同じだが
各国の交通事情に応じリファイン
YZF-R15は、当初はインド向けとして開発されたモデルだ。外装などの変更を施した上で、タイではM-Slaz、インドネシアではVIXIONとして販売された。現在では、その商品性が認められ、アセアン各国で販売されている

村上さんは「タイ人スタッフは、失敗しても落ち込まない(笑)。だから付き合いやすいんです。そしてヤマハのモノ造りを学ぶうちに、どんどん成長していくんです。実験(テスト)担当の立場から言うと、バイクという人が乗って操る乗り物の根本は、どの国でも同じだと思っているんです。その根っこの部分は、タイ人スタッフもよく理解してくれている。その上で、各国のお国柄にあった『味付け』をしています」

ヤマハが守り続けている「人機官能」–人とメカニズムが一体となって操る喜びを感じさせてくれるバイク造り–は、設計や生産がどの国であろうと、ベースとして徹底的に貫かれている。
「車両の作りこみは、成熟の域に入っていると思います」と村上さんは言う。
そのうえで、各国の国情に合わせた味付けをしているのだ。だから製品になった時には必ず「ヤマハのバイク」として間違いのない仕上がりになっている。

室尾さんは「我々も長くやってやってますから(笑)、『越えちゃいけない一線』が分かるんです。アイディアも、知恵もありますしね」
例えば、ハンドリング。タイの都市部は混雑が激しいこともあり、タイ人ライダーはクイックなハンドリングを好む。

しかし、クイックにすればそれでよい、というものではない。ヤマハのバイクとして、安定性、安心感とのバランス取りは欠かすことができないのだ。
それが村上さんの言う「バイクという乗り物の根本は、どの国でも同じ」という部分だ。「そこは、先達が時間をかけてナショナルスタッフに伝えた所。根本を理解してくれているから、微調整で済んでいます」

FINN

Fino

X Ride

GDR155

幅広いASEANコミューターの世界
ASEAN諸国ではモペットやスクーターが主流。趣味としてのビッグバイクも増えつつあるが、実用的な小排気量車が一般的だ。それだけに幅広くジャンル展開。多彩なスタイルが楽しめる

そして、そういったモノ造りと同等以上に力を入れているのが、人づくりである。

室尾さんは言う。「バイクが好きでYMACに入った、という人だけじゃないんですよ。『日系企業だから選んだ』という人、スラウィチャイさんのように『タイミングと条件が合ったから』という人(笑)、入社の動機は実にさまざまです。でも、せっかくですから、タイの皆さんにもバイク造りに喜びを感じ、モチベーションを高めてもらいたい。

YMACとしては、タイ人の開発者たちにもユーザーインタビューの場に参加してもらうなどして、自分の仕事が最終的にどんな風にお客さまの生活の豊かさにつながっているかを実感してもらうように心がけているんです」

村上さんも、「実験部署としても、試作車の評価会で開発者たちに積極的に乗ってもらうようにしています。やはりバイクは乗らないと分からないことが多い。こういう経験も、多少はよい方向に向かう手助けになっているんじゃないかと思っています」

スラウィチャイさんは設計者としてすでに17年のキャリアがある。プロジェクトチーフを経て、「Mスラッツ」のプロジェクトリーダーも任された。「自分が設計を手がけたバイクが街を走っているのを見ると、『問題がありませんように』と祈るような気持ちもありますが(笑)、それ以上にシンプルにうれしい」

そして今、マネージメント業務の一環として新たな課題にも取り組んでいる。
「タイはもともと離職率が非常に高いお国柄。定着してもらうための方法をいろいろと考えています。ヤマハの設計部署の長所は、いろんなパーツの設計経験ができること。やればやるほどバイクの全体的な知識を持てるようになり、やりがいも増していきます。私自身もそのおかげで『ビッグバイクの設計に携わりたい』という夢を持っています。やりがいと夢のある仕事だということをうまくアピールできれば……。まだまだこれからなんですけど」と、謙遜した。

モノ造りはもちろん、人づくりも大切にする。ヤマハイズムは、タイでも脈々と息づいている。

お話を伺った方

YAMAHA MOTOR ASIAN CENTER
Manager
General Manager
Testing Engneering Division
村上豊さん

「バイクの根本はどの国でも変わらない」」

94 年ヤマハ入社。YBX125、YBR125などの空冷小型エンジンの設計業務を経て、実験ではモペットモデルの開発や各種エンジンの先行開発などを受け持った。YMACでは実験全体の取りまとめ役

お話を伺った方

YAMAHA MOTOR ASIAN CENTER
General Manager Product Design Division
シワタット モンコンサッパヤーさん

「ユーザーの期待を裏切ることはできない」

次回大いに語っていただくモンコンサッパヤーさんは13年YMAC入社のデザイナー。主にカラーリングを手がけながら、後に生産車のスタイリングも担当。現在はデザイン業務全般をマネージメント

ヤマハのモノ造り
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