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【深化するヤマハ】vol.1「ヤマハの手」とは何か

大量生産を基本として、自動化、機械化の一途をたどる製造現場
だが、自分たちの根源がどこにあるかを探っていった時
ヤマハは「手」に行き着いた。人の手が間にあること、つまり、手間──
20年12月開設のウェブサイト「Yamaha Motor Craftmanship ヤマハの手」は
手間の価値に満ちている

 

「ヤマハの手」とは……

目に見えない箇所も手を抜かない、抜けない。自分たちには「当たり前」だったそんな企業風土に改めてスポットを当てた「ヤマハの手」。企画の立役者であるお三方にオンラインで話を聞いた。

ほんのわずかな、でも決して見逃せない「手間」

ヤマハ発動機の技術者と出会うたびに思う。控えめだな──と。 謙虚、謙遜、謙譲。

決して大げさではなく、そんな言葉が自然に浮かぶのだ。 自分たちの造ったモノに対して、誰もがもちろん自信を持っている。だが、それを押しつけようとはしない。このスマートさは、製品のデザインセンスのよさと相まって、ヤマハの個性にもなっている。

だが、20年12月に同社が立ち上げたウェブサイト「ヤマハ・モーター・クラフトマンシップ ヤマハの手」は、ちょっと異色だ。製造・生産現場にフィーチャーしたこのサイトは、冒頭から「感性と誇りを込めた、ヤマハならではの『価値ある非合理』」と記されており、作り手としてのたぎる思いを隠そうとしない。

自動再生される動画は、さまざまな工程の手をアップで映し出す。作業用グローブをしていて、顔が映されることはないが、回す、磨く、叩く、確かめる、収めるといったさまざまな動作からは、丹念さが伝わってくる。

スクロールしていくと、さらに熱い文字が躍る。「てへんのシゴト」と銘打たれたリードコピーは、こうだ。「ヤマハブランドの感性と美意識。クラフトマンとしての誇り。そのこだわりと技をかたちにする非合理なひと手間を、私たちは〈ヤマハの手〉と呼ぶ」

例として挙げられているのは、アルミ燃料タンクに美しいヘアラインをもたらす研磨の現場、ひとりでSR400のエンジンを組み立てる現場、そして外装部品に手吹き塗装を施す現場だ。

いずれのページでも、職人と呼んでもいい習熟した作業者たちが、熱心に、そして精緻に職務にあたる姿が紹介されている。

よりよい製品を造るために。自分自身を高めるために。日々の業務に全力で取り組む人々に光が当てられているのだ。謙虚で控えめなヤマハにしては、思いがけないほど強いスポットライトである。

「ヤマハの手」企画をプロジェクトリーダーとしてまとめている車体製造部の郷匡博さんは、こう説明する。

「ヤマハのものづくりの現場では、日々、合理的な工法を追求しています。より多くのお客さまに、より高品質でよりお求めやすい製品を届ける。これが私たちの使命ですからね。

それとは相反するような話ですが、一方でヤマハは伝統的に、弊社ならではの付加価値をもたらす『非合理なひと手間』を大事にしているんです。ただ、あまりにも当たり前すぎて(笑)、自分たちで自分たちの価値に気付いていなかった。そこにスポットを当て、社外に、そして社内にもヤマハの本質を知ってもらおうという試み。それが『ヤマハの手』です」

「ヤマハの手」プロジェクトが始動したのは20年1月だ。当初はぼんやりしたイメージしかなかった。ふだんから自分たちが当たり前にやっていることだから、その意味がよく分からなかったのだ。「非合理なひと手間」とは、どういうことだろうか?あらためて自分たちの作業を見直すと、「こういうこと……かなあ」と思い当たる目に見えない箇所も手を抜かない、抜けない。自分たちには「当たり前」だったそんな企業風土に改めてスポットを当てた「ヤマハの手」。企画の立役者であるお三方にオンラインで話を聞いたフシが見つかり始めた。

第1製造部でアルミ部品の鋳造に携わっている坂田隆昌さんは、「これって自己満足なのかもしれませんが……」と笑いながら、「『お客さまはきっとこんな所まで見ないだろうな』というような部品の裏側の仕上げにまでこだわってしまう。ヤマハにはそういうところがあります」と言う。

「部品の裏側は、きっとほとんどのお客さまの目に触れないでしょう。でも、もしかしたら見られるかもしれない。『ここまでやるのか?』というジレンマを抱えながら、でもやっぱり、手間を省けないんです(笑)」

誰かに「やれ」と言われたわけではない。クレームがついたわけでも、もちろんない。でも、手を抜くことを、自分たちが許せない。「ヤマハには、溶接後の処理が目立たない『フランジレスタンク』という技術があります」と郷さん。「これなども、まさに裏側へのこだわりですね。『フランジレスタンクだからボルトを買おう』というお客さまは、まずいらっしゃらないと思います(笑)。でも、私たちとしては決して手を抜けないポイントだったんです」郷さんと坂田さんが語った事柄は、「ヤマハの手」にも(今のところ)掲載されていない。そして、ヤマハのそこかしこで取り組まれているありふれた日常風景でもある。だが、だからこそヤマハのアイデンティティを織りなす重要な要素なのだ。

「モノの魅力っていうのは、こういう根幹から醸成されるものだと思うんです」と言うのは、デザイン部の西村慎一郎さん。

ヤマハ製品の「顔」であるデザインをとりまとめる仕事に就いていながら、「表層のデザインだけが『デザイン』ではない」と言い切る。「モノの良し悪しは、人の配慮がどこまで行き届いているかに尽きます。表立ったエクステリアデザインも、もちろん重要です。でも、気付いていただけない裏側にまで気を配ることが、ヤマハらしさを生む。……というより、昔からこういう会社なんですよ(笑)」

各部署の人々を集めて「ヤマハの手」の会議を繰り返し、自問自答しながら辿り着いたひとつの共通項がある。それは「バカだなぁ」のひとことだった。「なんだかんだ言って、みんな面白がってるんですよ」と西村さん。

「でも、そこを突き詰めなければ、面白い製品もできないんです。私たちヤマハは、『感動創造企業』を標榜しています。造り手である私たちが面白がらずに、お客さまに感動していただけるはずがないんです」と郷さんが言う。

「実際のところ、『ヤマハの手』を立ち上げたことで、オーナーさまから『だからヤマハのバイクは美しいんですね』『一生乗り続けます』などの反響をいただいています。先ほど坂田が『自己満足かもしれない』と言っていましたが、ちゃんとお客さまには届くものなんだな、と実感しています」「ヤマハの手」の開設は、社内にも好影響をもたらしている。「工場のあり方が変わりつつあります」と坂田さん。

「自分たちとしては何気なくやっていたことですが、どんな形でもほめてもらえるのはやっぱりうれしいものですよね(笑)。『自分たちの価値に気付こう』という気運がどんどん高まっています。 工場も、一般の方にお見せできるところはどんどん見てもらおう、と。そうすることで自分たちの意識がもっと高まるのではないか、と思っています」

ほんのわずかなひと手間。それは本当に「わずか」で、すべてではない。だが、ヤマハらしさを生み出す源でもある。

今回お話を聞いた方

ヤマハ発動機 車体製造部 部長
郷 匡博さん

製品向上につながるなら自己満足も重要要はバランスです
1992年に入社し、バイクの燃料タンク工場で製造技術を担当。ブラジルやアメリカへの駐在を経て、現職に。バイクの外装、燃料タンク、フレーム、プラスチックパーツなど車体部品の製造を取りまとめている。

ヤマハ発動機 磐田第1製造部生産一課 課長
坂田 隆昌さん

ヤマハの製造現場に漂っているのは誰もやらないことをやろうとする気概
2000年入社。鋳造技術者としてアルミ部品の生産準備を担当。13年、新工場立ち上げのため、インド駐在。建屋準備、稼働、工場運営を経て、19年から現職。バイクのエンジンや車体部品などアルミ鋳造品の製造に携わる。

ヤマハ発動機 クリエイティブ本部 プランニングデザイン部 部長
西村慎一郎さん

手で触れて楽しむ製品だから造る「手」の悦びも重視する
1990年入社。拠点でのサービス営業を経て、商品企画部門へ。日、欧、米、アジア諸国の各市場向け商品の企画に携わった。2015年、「デザインはヤマハ経営のコア」として設立された(当時の)デザイン本部へ。量産車のデザイン企画を行っている。

こだわりがつまる「ヤマハの手」一例

9割がた、効率重視で合理的に運営される製造現場
しかし残り1割の「非合理なひと手間」が製品を
ヤマハは「手」に行き着いた。人の手が間にあること、つまり、手間──
魅力的に引き立てる。ウェブサイト「ヤマハの手」に
掲載されているこだわりの一端をご紹介しよう

 

アルミ燃料タンク研磨

人の手が織りなす金属の美しい輝き
YZF-R1Mのアルミ製燃料タンクには、その素材感を美しく表現するヘアライン加工が施されている。タンクを腕と胸で抱え、バフツールを使うこと約20分。ライダーがまたがった時にもっとも美しく見えるように細心の注意を払いながら、磨きの作業が行われる。定規で測ったかのようにまっすぐに整ったバフの目は、人の手によるものだ。

 

セル生産方式エンジン組立

ただ組むだけじゃない。ベストを狙う
SR400の単気筒エンジンは、ひとりの熟練した作業者の手によって組み上げられている。「セル生産」と呼ばれ、精密機械の組み立てなどで採用されている工程だ。SR400のエンジン部品点数は、約600点。公差の範囲内でも微妙な調整を行いベストを狙いつつ、50分強というな迅速さでエンジンを組み立てている。

 

外装部品の手吹き塗装

塗装の質を引き上げる繊細な感性
日本で生産されるヤマハ製バイクの塗装現場は、ロボットによりほぼ自動化されている。しかしその一隅に、手吹き職人が使うブースが残されている。量産品の一部や少量の部品、試作品の塗装などが行われているのだ。また、ロボットへのティーチングも大切な仕事。繊細な人の感性、感覚をロボットに授ける作業だ。

新型MT-09に採用される新しい技法

燃料タンク成形

滑らかなタンクの造形美は人の手が生み、確認する
鋼の板に圧力をかけ、複雑な立体形状を瞬時に打ち出す。想像以上の繊細さが求められる難しい工程だ。そうしてできあがった3つのパーツをシーム溶接すると、MT-09の燃料タンクになる。溶接によるごくわずかな歪みは作業者の手により解消される。さらに検査工程にも人の手が入る。作業者が手のひらでタンクを撫で、目視では分からない不具合をあぶり出すことで完成度を高めている。

 

エンジン新色塗装

金属の質感を高める塗装は人とロボットの共同作業
MT-09のエンジンは新色「クリスタルグラファイト」の半ツヤ仕上げによってひときわの金属らしさをアピールする。クリスタルグラファイトの塗装工程では、まず人間が顔料と有機溶剤をブレンドする。その日の微妙なコンディションの変化に応じて配合を変えるからだ。塗料を託される塗装ロボットは、もちろん人の手による熟練の技をしっかり教え込まれており、人とロボットの共同作業を実現。

 

回転塑性SPINFORGEDWHEEL

熱して、回して、しごく鋳造品に鍛造品の剛性を
軽量かつ強靱なホイールを造るために材料と工法を徹底見直し。靱性の高いアルミ合金で鋳造されたホイールを加熱しながらろくろで回転、圧延する回転塑性加工を採用して、鋳造品ながら鍛造品のような高剛性化に成功した。それに伴って薄肉化も実現。MT-09のホイールは前後輪合わせて約700gの軽量化に成功。両面から見えるだけに、美観にも配慮している。

 

CFアルミダイキャスト製法

精密なコントロールにより強くしなやかなフレームを実現
金型の見直しや溶解したアルミの充填速度向上などにより、薄肉で大きなアルミダイキャスト製品の量産を可能にした技術。設計やデザインの自由度も高いのが特徴だ。新型MT-09のフレームは今まで以上の軽量化に挑戦。アルミ原材料から見直した精密な鋳造技術により、強靱かつしなやかなフレームが実現した。走りの性能を高めるのと同時に外観品質の向上も果たしている。